関東支部の活動
第22回加山記念講演会
鋳物作りのための「鋳鉄の凝固」
鋳鉄およびアルミニウムシリコン合金(Al-Si合金)の共晶凝固の仕方には類似性があり、組織のできかたについて同様の考え方が出来る。これらの共晶合金は、金属相と非金属相が液体から同時に晶出する。これは金属相と金属相が晶出する合金系よりも凝固組織の出来方が複雑で、溶湯中の非金属相は、金属相の結晶核になるが、その逆はおこりにくい。即ち、Al-Si合金では共晶シリコンはアルミニウムの核になるが、その逆は起こりにくい。鋳鉄においては、黒鉛はオーステナイト(γ)の結晶核となるが、その逆はない。これは、一方向核生成(one waynucleation)と呼ばれる特異な現象で、Al-Si合金や鋳鉄の凝固はその一つである。と始まる講演は,片状黒鉛鋳鉄と球状黒鉛鋳鉄の凝固に分け、現場で起こる双方の鋳鉄での現象を比較しながら説明された。初めに鉄ー炭素二元平衡状態図から「黒鉛/セメンタイト遷移」や「黒鉛形態のA型からD型への遷移」そして「接種効果と局所凝固速度」の5つで片状黒鉛鋳鉄の凝固を、続けて球状黒鉛鋳鉄の凝固を「球状黒鉛は何時何処で生成するのか」,「球状黒鉛の生成」,「片状黒鉛と球状黒鉛の共晶成長(凝固)」、「球状黒鉛の生成と核物質」、「凝固形態と冷却曲線の関連」、「球状⇒チャンキー⇒セメンタイト遷移」の6つでお話しされた。その内容の一部を以下にまとめる。
1.片状黒鉛鋳鉄
「鋳鉄の状態図」は、安定系(Fe-G)と準安定系(Fe-C)の複状態図で、横軸はC%ではなくCE(炭素当量:C%+1/3Si)である。化学組成により凝固過程が異なり、亜共晶組成(CE<4.3)の鋳鉄は,初晶γが共晶凝固の核にならないので、溶湯は過冷して過共晶組成になり、黒鉛が晶出する。この黒鉛から共晶凝固が始まる。一方、過共晶組成(CE>4.3)では、共晶凝固温度に達する前に初晶黒鉛が溶湯中にあるので少ない過冷で共晶凝固が始まる。接種剤は、共晶凝固において黒鉛核生成物質を提供するものである。
「黒鉛/セメンタイト遷移」では、Siが状態図に及ぼす影響をFe-C-Si3元状態図で説明、Fe-C系の共晶温度(TEC)を降下させFe-G系の共晶温度(TEG)を上昇させチル発生を防ぐ、逆にCrは2つの系の共晶凝固温度差を狭くするためにチル化しやすくする。実際にはこれらに凝固速度(肉厚感度)が絡み,チル化は単に過冷度(⊿T)では無く黒鉛凝固からセメンタイト凝固へ遷移する臨界過冷度(⊿TG/C)によって論じられる。
「黒鉛形態のA型からD型への遷移」では、「片状黒鉛鋳鉄の共晶凝固時に現れるのは片状黒鉛はA型とD型しかない。凝固速度が大きくなるに従いAからDそしてチル(セメンタイト)へと遷移して行く。過冷度が大きくなる時も同じ遷移となる。AとD型が混在する場合は、片状黒鉛鋳鉄の共晶凝固が、局部的に凝固速度(過冷度)が異なるため」と説明された。
「接種効果と局所凝固の生成核物質」接種で黒鉛核物質が形成され、その結果として共晶セル数が増大するが、その後も溶湯のまま保持すると黒鉛核物質は消滅し始め、再びチル深さは増大に転じる(接種効果のフェーディング)。接種すると何故にA型黒鉛になり,チルが浅くなるか? セル数が多くなれば(共晶セルの微細化)、個々のセルの凝固速度が小さくても全体の凝固が完了する。簡単のために肉厚30mmの板状鋳鉄品(共晶組成)の凝固時間は約10分、両側から凝固しているのでマクロ凝固速度は15mm/10min⇒ 90mm/hである。ここで、無接種と接種溶湯それぞれの共晶セル半径を1mmと0.5mmとすると、前者の共晶セルの凝固速度は1mm/10min⇒6.0mm/h、後者は0.5mm/10min⇒3.0mm/hとなり、セル数が増えるほどセルの凝固速度は低下する。これにより、D型はA型にチルはD型になる。これが接種の効果である。
2.球状黒鉛鋳鉄
・「球状黒鉛鋳鉄の凝固」球状黒鉛が得られるFe-C-Ce 合金試料の一方向凝固組織観察から,この試料の黒鉛先端は、片状黒鉛の場合(溶湯と直接接している)と異なり、オーステナイトに囲まれて溶湯とは接していないことがわかる。これは3相共存位置が存在する通常の共晶凝固と異なる。この特殊な共晶を分離共晶(divorced eutectic)と呼び、黒鉛とγと液相が共存する点が無く、溶液中の炭素がγ(固体)中を拡散して黒鉛に炭素を供給する.これが球状黒鉛鋳鉄の共晶凝固で、液相と直接接触して凝固する片状黒鉛鋳鉄と異なる。一般に元素の拡散速度は固体より液体中のほうが大きい。したがって、球状黒鉛鋳鉄の凝固は大きな過冷度が必要で、チル化し易く、共晶凝固温度が低いなどの特徴を有している。
・「球状黒鉛は何時、何処で生成するのか」まず鋳鉄の凝固は一方向核生成だから過飽和溶湯から片状黒鉛同様、球状黒鉛も溶湯から直接晶出した黒鉛を核として共晶凝固が始まる。しかし、これらの黒鉛の成長過程は異なる。前者は溶湯に接して成長するが,後者はγに囲まれて成長している。成長するに伴いγ層の厚さは増し最終凝固時には球状黒鉛半径の1.4倍以上になると説明された.
・「球状黒鉛の生成と核物質」黒鉛がなぜ球状になるのかについては必ずしも統一見解が得られていないが、多くの研究から球状黒鉛の核物質として上げられるものは幾つもある。それらを調べても一定の傾向が無く、いかなる物質でも存在すれば、それが不均一核となっている。一般の球状化処理にはMg やRE、Caを用いるので、極低S の溶湯を除くと、これらの核物質は何れも硫化物であることがわかっている。すると元湯では、少量のS含有が必要で、実験で黒鉛粒数を最大にした0.012%程度が望ましい。
最近では球状化不良の問題はあまり無く、引けやチル、チャンキー黒鉛の生成防止に関心が移っている。これに有効なのは黒鉛粒数を上げることである。したがって、如何にして球状黒鉛の核物質を増やすかが鍵である。ここでも黒鉛粒数の増加させる接種が重要な役割りを果たす事になる。
・「凝固形態と冷却曲線の関連」球状黒鉛鋳鉄の共晶凝固温度は片状黒鉛鋳鉄に比べ低いことが冷却曲線から分かっている。これは、球状黒鉛鋳鉄の凝固潜熱の放出速度が緩慢であるためで、黒鉛がγ層を通して炭素の拡散により成長するからである。片状黒鉛、CV黒鉛、球状黒鉛そしてレデブライトについて冷却曲線の特徴から区別できる。しかしながら何故、この種の研究がその後に行われていないのか、その理由は不明である。
・「球状黒鉛 → チャンキー黒鉛 → セメンタイト遷移」片状黒鉛鋳鉄ではA型黒鉛からD型への遷移があること先述した。著者は、球状黒鉛鋳鉄の凝固にも片状黒鉛と同様な「球状黒鉛からチャンキー黒鉛の遷移」があると考えている。共晶凝固時の凝固組織と冷却曲線の特徴を解析する事により、この遷移を説明できるとお話しされた。球状黒鉛からセメンタイトへ遷移する過程で高Si、高Niそして厚肉部でチャンキー黒鉛が出易いのである。
以上、「これらの基礎を知らなくとも鋳物はできる。しかし、そのでき方(或いは造り方)が問題なのであって、それには基礎が重要で、鋳造欠陥などの新しい課題に直面した時には、基礎に戻って考えることが解決の近道になる。これからも、機会あるごとに鋳鉄の基礎を勉強されることを強く希望する。」と述べられ講演を締めくくられた。
先生、長時間のご講演有難うございました。M&K記