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リレーエッセイ

想定外

(独)物質・材料研究機構 新構造材料センター 軽量材料グループ
高森 晋

 2005年の流行語大賞をホリエモンが「想定内」で受賞している。フジテレビ側の対応に対し、何でもかんでも「想定内」と答えていたのが記憶に残っている。見栄を張っているとしか思えなかった言動ではあるが、あらためて自身のことを考えると、想定外のことはさほど多くないことに気がついた。

 全く分からないことに対しては想定のしようがないので、想定外のことは起こりえないことになる。逆に言うと、固定観念が強いものほど、想定外のことが起こりうることになる。想定外のことが少ないのは、普段何も考えていないということになるのかなと思ったりもする。そんな私ではあるが、想定外だったことが2件ほどあるので紹介する。

 一つ目は、鋳鉄のお話。鋳鉄はご存知のように、研磨して光学顕微鏡で見ると金属光沢のマトリックス中に、黒いものが見える。鋳鉄組織を見たことがある人は、一目黒鉛であると思うのが自然である。以前、アルミニウムの入った鋳鉄の組織観察をしていたときのことであるが、迷うこと無く黒く見えるのは黒鉛であると思っていた。ところが実験をやっているうちになんだか変だと思い、EPMAとX線で解析した所、黒鉛ではなくアルミナであることが判明した。ただしこの材料、普通の鋳鉄ではなく、アルミニウムが6mass%ほど入っていて更に大気中で熱処理してある。黒鉛であった部分に置き換わるようにアルミナが析出していたのである。後から考えればどうしてそうなるかは想像がつくが、最初は黒鉛と信じて疑わなかったわけである。

 もう一つは、氷のお話、凹んだ氷のお話は以前リレーエッセイででてきたが、それとは反対のお話である。一般家庭で作る氷は、四角く、中央付近に気泡ができていて、表面が多少盛り上がっている。実験用に、蒸留水から氷を作ることが時々あるが、その場合、気泡が少なく、また割れ方も異なってくる。とは言え、形は、型の通り四角でやや膨らんだものができるのが普通であった。いつもと同じように、蒸留水を製氷器に入れ、冷凍庫にそれをいれた。次の日、使うために取り出そうと冷凍室の扉を開けてぎょっとした。氷に角が生えていたのである。その氷の写真を示す。聡明な鋳造工学会の皆さんには、こうなった理由は説明するまでもないであろうが、ようは、凝固時の膨張が原因である。それと、容器の大きさ、固まるときの凝固殻のでき方などのバランスで出来上がったものである。周辺部から凝固殻ができるとき、表面はまだ液体状態である。少し膨張するので液面が盛り上がる。そのため中央部が徐々に盛り上がってきて、だんだん細くなり、次第にパイプ状になり角の中を液体が通りながら押し出されて上部に出た所で凍っていく。よく観察すると、この角の中に細い筋がみられその中を液体の水が通っているのがわかった。このような絶妙なプロセスで長い角ができた。以前の製氷器ではこんなことはなかったので、今回できたのは、製氷器を違うものに変えたためでもあると考えている。その後何回か小さな角は生えることはあったが、ここまで大きいものはその後できていない。

 実験においては、危険なことを除けば、予想しなかったことが起こるというのは楽しいものである。2006年も残りわずか。来年、どんな想定外と出会えるかは想定できていない。