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リレーエッセイ

ビールの泡

早稲田大学 准教授 吉田 誠

 鋳造に従事する方は酒飲みが多いと言われるが、真偽のほどは定かではない。私も比較的に酒税を多く納めている方と自負している。これは、夏場のビールに依るところが大きい。
 このビールの泡,如何に細かく、長持ちするように注ぐかがよりお美味しく頂くためには大変重要なことと聞いている。ドイツではビール注ぎのマイスターがいるやに聞いているが本当であろうか。
 ある日のテレビが(何の番組であったか失念したが)「ビールの泡は、①大きな泡ほど早く潰れ、②小さな泡は大きな泡に吸収される。」と言っていた(画像あり)。それ故、均一で、かつ細かい泡を作るように注ぐことが必要とのことであった。
 さて,②は,オストワルト成長のことであろう。泡には表面張力があるから、小さな泡ほど内圧が高い。よって単位体積当たりの気体(炭酸ガス)のエナジーが高くなる。自然界は、全エナジーが小さくなる方(より安定な方)へ移行するので,泡の集団としては小さな泡がより大きな泡に吸収されるのは自明である。次ぎに①の泡を細かくするにはどうしたらよいか。鋳物屋なら「微細化剤(Grain refiner)」を連想しないものはいない。ある日、講義で「不均質核生成を促進させると結晶粒を微細化出来ます。結果としてHall-Petch効果で降伏応力を高めることが出来ます。」ということを説明した。液体中に適切な「チリ」(結晶の核生成を促すような)を分散させると、たくさんの細かな結晶が生まれる。生まれるべき結晶と「チリ」の相性がよい(界面のエナジーが小さい)ほど、「チリ」の表面上に結晶の核が生まれやすい。てなことは高校生でもわかる数式でいろいろな教科書で説明されている。いわゆる古典核生成理論である。アルミ合金の場合はおなじみのTi-B の添加が有効的であるということで、教科書にはちゃんと微細化剤を加えたものと、加えないものについて組織写真が載せられている。(Fundamentals of Material Sci. and Eng. 4th Ed. SS9)

 その日の夕方、教員組合の会議にでた。国立の大学ではないので組合がある。会議の後はときとして懇親会になる。文系の先生との雑談は実に面白い。法律の専門家やら、言語学の先生やら、福祉学の先生やら、英語ばかりの外国人の先生やら、皆さん個性豊かで、好き勝手なことを言っているのが面白い。世界も広い。しかし、そもそも、熱力学の法則などに基づいて、順に理屈を構築するのが困難な世界と思われる。よって出発点となる仮定や理屈の構築法は、理工系よりは自由度が高いのは当然だろう。けれども彼らの議論は、ややもすると井戸端会議になりがちだ。などと失礼なことを思いめぐらせていたその時であった。語学系の女性教員Aが言った。

教員A:「吉田さん、ビールの泡が消えたらどうすればいいと思う?」

私:「う?ん、そうですね。(1秒)(不均質核生成を・・・)」

教員A:「こうするのよ。割り箸を入れるだけ!」

私:「なるほど!」

教員A:「吉田さん、マテリアルサイエンスが専門なんだって?」

私:「そうですが・・・」

教員A:「米国の??(失念)大学で仕事をしていたときに、車がちょこっと故障したので、知り合いのマテリアルサイエンスの先生を呼んだんだけど、ちっとも直らなかった。あっち(米国の某大学)では、マテリアルの先生は日常であまり使えない、という噂が私たちの間の定評だったのよ。」

私:無言・・・。(何が言いたいんだ。“屁理屈ばかりの理工(特に材料系?)の先生はビールの泡も立てられない“ってことか!失礼な。

しかし一本とられたな。文系侮るべからず。)(1秒)
反撃出来ず。次の瞬間,もう話題が変わてしまうのである。

翌週の講義。朝から缶ビールを買い込み、1限目(9時より)から教壇上でビールをプシュッとやったものだから、学生は呆気にとられていた。

私:「諸君、ビールの泡が消えたらどうしたらいいか。」

学生:「う?ん」

私:「君たち、こうするんだよ。ほら!不均質核生成してるだろ。」

学生:「おお?」

私:(語学系の先生,先日のご指導有り難うございました。)

おわり