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リレーエッセイ

得意と不得意?強点と弱点?

日立金属(株)
金内 良夫

金内 良夫 氏 純粋に、メカニズムとしての兵器には大きな興味がある。マクロ的にみればその国の存亡を賭して英知を結集したモノであるし、その国の工業的・地理的・経済的・外交的環境や、過去の戦訓に根ざした思想によって設計されるため、各国ともかなり異なったものができてくる。あえて技術的環境を挙げないのは、そもそも技術面で圧倒的に劣勢の国は、この手の争いごとには参加しない。他国の支援を全面的に受けて戦うか、侵略を甘受するしかないのが史実である。
 第二次大戦時に戦いの主役となった航空機については、各戦闘エリアでの特徴が際立っている。当時は航空機設計において制約条件が多かったため万能用途機の開発が困難であったためであろう。たとえば欧州では近隣国家との戦闘状態に陥りやすいので、敵爆撃機発見の報を受け、いち早く高度をとって迎撃体制を整え、大きな火力で敵機からの攻撃を妨害する迎撃機を主体として開発してきた。また広大な海に囲まれた日本では、爆撃機とともに長距離を飛翔し戦闘領域へ到達して爆撃機に群がる敵戦闘機を駆逐して制空権を得るため(実はこのコンセプトは用兵上のイノベーションであった)、航続力と運動性に優れた制空戦闘機を開発し、使い続けた。初期の米国も基本的には欧州と同様であるが、排気タービンの実用化等に代表される技術力と、その工業生産能力が桁違いであったため、大戦中期以降に欠点を解消した優秀な機体を大量生産できたこと、そのため他の用途へ転用した場合でもそれなりの性能を発揮できたことにより機体運用の柔軟性が生まれたことが特長であろう。
 非常に興味深いのは、それぞれで主流「以外」の用途の機種において、新機種開発があまり上手くいかなかったことである。たとえば、欧州最大の航空戦であった「バトル オブ ブリテン」において攻撃側であった独軍は、ドーバー海峡を越えた戦闘を行う必要があったにも係らず制空戦闘機の開発は上手くなかった。日本は、中国やサイパンを基地として高空で飛来する敵爆撃機を駆逐する迎撃機の開発が、実運用上間に合わなかった。
 メンタル強化のためのセルフコーチングなどという手法があるが、まず自己分析において「強み」「弱み」を把握せよと言われることがある。極めて重要かつ今後の対応のために効果的なことであるが、国家レベルの争いごとが発生しているさなかにあっても、それを的確につかむのは実はかなり困難であり、さらに、短時間での弱みの克服は事実上不可能だ、ということであると思う。「年をとって丸くなった」などというのは、時間をかけて弱点を克服できたことなのであろうか。

 弱点克服か、強い点を伸ばすか・・・。不惑の40歳は超えたが、戸惑うばかりである。しかしそのまえに、弱点と強点の「的確な把握」が、まず必要である。