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リレーエッセイ

凝固に関する話題

埼玉大学 加藤 寛

加藤 寛 氏

 大学を出て以来、30年ぶりに金属の凝固について考えています。出発はマイクロマシンに関することで、マイクロマシンのように小さな機械類の部品を製造する方法としてリソグラフィなどが知られていますが、この方法では3次元加工が難しいことが難点です。このためか、最近ではマイクロ鋳型の製造技術など、マイクロ鋳造技術に関する研究が行われてきています。筆者もマイクロ凝固過程について興味がわいてきて、細々と実験を始めています。
 ところで、マイクロ凝固という表現は使われていますが、ナノ凝固という言葉はさすがに耳にすることはありません。我々が普通対象とする凝固は、小さいといってもミクロン以上の領域での現象で、この程度でしたら十分に連続体の仮定(仮説)が成り立ちます。ではナノレベルに入るとどうなるでしょうか。金属結晶の単位である格子定数はだいたい0.1ナノメータ程度なので、1ナノメータでは10原子程度となります。このレベルでは、もはや個々の原子が不連続につながった状態であり、連続体としての仮定は難しくなります。
 では、もっとも小さなレベルとして、金属原子(たとえば、Fe原子やAl原子など)1個について考えてみましょう。つまり、空間中に原子1個が浮いている状態を考えます。この状態で温度を十分高温から徐々に冷却していったとすると、この原子はどのような振る舞いをするのでしょうか。この金属原子で構成される物質はある一定の温度で気体から液体、さらには固体と相を変えていきます。状態の変化はそれぞれ凝縮(又は凝結)、凝固といわれる相変態です。原子1個の場合、例えば凝固はどうなるのでしょうか。普通の凝固であれば、自由に振舞っていた原子が結晶格子位置に落ち着きます。しかし、1個の原子のみの場合、多分、温度に対応した振動(熱振動)をしており、温度低下に伴ってこの振動が減少していくと思われますが、凝固温度で原子の振る舞いが不連続に変化するとも思われません。多分、あいかわらず振動しながら空間中にただよっているでしょう。つまり、原子1個では凝固という現象は観察されないのではないか、と思います。
 では、金属原子2個の場合はどうでしょうか。原子1個の場合とあまり状況は変わらないようです。次いで、3個、4個と原子の数を増やしていった場合、どうなるでしょうか。例えば、面心立方格子(FCC)や稠密六方格子(HCP)では、4個の原子で正4面体を構成しますので、最低4個の原子があれば、極小の結晶が見られるかもしれません。ただし、あまりにも小さな結晶なので、原子間力顕微鏡でも見ることができるかどうか、心配です。また、極小結晶の周囲には液体状態にある原子は存在せず、ただ4個の原子が4面体を形作っているだけです。この4個の原子がばらばらな状態から正4面体になるのは、いわば昇華に相当し、凝固現象としては観察されないでしょう。
凝固現象として観察されるためには、液相状態の原子と固相状態の原子が共存することが必要ではないか、と思われます。つまり、液相と固相とが界面を接する状態になると、凝固が開始したものと考えられます。この界面が界面として認識されるためには、界面を構成するための液相側及び固相側の原子がある程度の数、必要でしょう。
非常に簡単な仮定として、界面が正方形の平面とした場合、原子の数として、10 ´ 10程度は必要でしょう。すると、液相側の原子が100個、固相側の原子が100個は必要となります。しかし、この数では単原子層しかできませんので、しかるべき厚さを考え、ここでは10原子層としますと、固相側の原子は10´10´10 =1000個必要となります。すると、1000個の固相原子の立方体を10層の液相原子層が覆うためには、液相側の原子は(30´30´30 – 1000) = 26000個必要となります。最初は1個の原子から始めたのですが、あっというまに2万個以上の原子の話になってしまいました。
 話が発散してしまいそうですので、この辺で話を終えます。なお、原子レベルの凝固についての詳しい話は、鋳造工学第82巻(2010)第4号に掲載されている、宮原広郁さんの連載講座「金属凝固入門1」を見てください。