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リレーエッセイ

大震災と鋳造業

日本ルツボ(株)代表取締役会長 岡田 民雄
熊井 真次 氏

 2011年3月11日 午後2時46分、世界史上空前のマグニチュード9.0という巨大地震が東日本を襲った。それに伴う津波、更に福島第一原子力発電所事故が追い打ちになり被災地だけでなく一瞬にして日本全土に大きな被害をもたらすこととなった。
 2008年9月のリーマンショックが「未曾有」とか「百年に一度」と報じられていたが、それはアメリカの話であって、日本では「戦後初めて…」と言うべきだと考えていたが、それとて実害は無かった。しかし今回の大地震では実害がどの位の額になるか想像がつかない。新聞やテレビなどは16兆~25兆と報じているが福島原子力発電所事故の賠償・復旧関連も含めると更に厖大なものになってしまうことだろう。
 これらは現存した「物」が失われたと言うことであって, 企業、農業、漁業、…が生産していたものが当面は無くなってしまったのだから、それらの損害を合わせ考えると全く恐ろしくなるばかりである。関東支部、東北支部地域内でほとんどの鋳造工場が何らかの形で被災されている。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

溶解炉が突然止まった時
 この東日本大震災により誘導炉、キュポラ、アルミの集中溶解炉、保持炉、ルツボ炉などが停電や地震感知装置等で突然止まってしまった時、その瞬間の現場はどう対処したか?また復旧にどう対応したか?どの位の期間を要したか? 炉だけでなく造型機などほとんどの設備は電気で動いているが、それら鋳造設備はどうだったのだろうか?
 私が耳にしたことだけでも「出湯直前に地震が発生し誘導炉の水冷ポンプが止まりコイルを損傷してしまった」とか、「半溶解のまま湯を固めてしまった」とか、「保持していたルツボ炉で湯が入ったまま固めてしまった」とかいろいろなケースがあった。
 金属の種類、溶解炉のタイプ、工場規模などにより千差万別の対処・対応であったことであろう。私は、これらの被災体験を関東支部が中心になり、東北支部、本部、更に日本鋳造協会や日本ダイカスト協会等にも働きかけ、体験事例発表会を開催し記録を残せれば後世の人に大いに参考になるのではないかと思っている。
 このことを4月22日開催された関東支部総会時に躊躇しながら提言した。と言うのは「言うは易く、行なうは難し」をよく理解しているからである。出席された皆様からご賛同を戴き、井田支部長に「預って」戴いた。くれぐれも皆さんにあまり大きな負担にならぬようにお願いしたい。

計画停電・節電
 電力不足は溶解現場にとって大打撃であり、鋳造業にとっても正に死活問題であろう。昨年の鋳鉄生産量は東北電力供給区域で26.3%、東京電力供給区域で15.2%と日本の鋳造業にとっては大変大きな影響力である。鋳鉄工場ではキュポラから誘導炉に急速に移行した。銅合金でも誘導炉が多くなっている。アルミでも保持炉には電気が使用されるケースが増えている。節電で供給量が減らされても停電がなければ生産量で何とか調整ができるだろうが、突発の計画停電が生産現場にとっては最も困ることだろう。川口地区では輪番操業も考えられているそうである。成功されることをお祈りしたい。
 電力需要は気温に大きく左右される。昨年のように猛暑であると家庭用需要は大幅に増加し計画停電の実施回数が増え、時間も長くなり企業生産に大きなマイナスになるだろう。その一方で、大手企業が自家発電所をフル稼働し、更に多くの企業が急速に増設している。東京電力も火力発電を充実していると聞いている。被災工場が多くて操業度も低く、需要が抑えられている。「想定外」の大震災が起きたのである。この際、夏の全国高校野球甲子園大会は午後のテレビ中継を中止し、ラジオ放送に切り替えてはどうか。クーラーをつけながらのテレビ観戦を止めれば、ピーク電力のカットも出来るのではないか。市民側もいろいろな工夫をして積極的に節電に協力すれば、この夏の計画停電は避けられるのではないかと期待している。

リサイクル
 この大震災で発生した瓦礫は2,000万トンから2,500万トンになるそうだ。車は41万台以上も流出、船舶はどの位使用不能になったことか。これらの中には当然再使用可能なものも相当量あることだろう。またビルには多くの鋼材が、家屋にはサッシなどアルミが、工場には電線など銅が、車にも部品として数多くの金属が使用されている。これらを廃棄物としてお金を掛けて捨てるか、分別し貴重な資源として回収利用するかでは天と地の差になるだろう。多くの人が職を失ってしまった今、私は手間をかけてでもリサイクルして、鉄、アルミ、銅などの金属を鋳造原料として是非利用してほしいと思う。最近当社が開発した「ルツボ式省エネ型アルミリサイクル炉」が少しでもお役に立てたらと願っている。

心配なこと

 心配なことが2つある。一つは「この地域では、また地震や津波が発生するのではないか、原子力発電所の事故で放射能汚染が長引くのではないか、電力供給に不安があるのではないか、資金的に再興できず廃業を考える…」などの理由で企業は同じ場所に工場を再建しないのではないかとの心配である。この際、生産基地を別の地区に、また海外に移動してしまうことになると、そこには生産も雇用も生まれず経済活動は全く疲弊してしまうだろう。
 もう一つは自動車メーカーが完成車を逆輸入することである。鋳造業界は自動車への依存率は6割以上、ダイカストでは8割以上と理解している。完成車の鋳造部品が現地調達になると国内の鋳造部品メーカーにとっては大打撃になる。しかし、これまで自動車産業を支えて来た鋳造部品メーカーの品質、納期、弛まないコストダウンの努力、また技術開発により完成車が大量に逆輸入されることはまず無いと信じたい。更に長期的には円安になることだろう。先進国に新興国に日本の優れた品質の製品がリーズナブルなプライスで輸出できるだろう。そうなると私の心配なことも杞憂になり得る。是非そう願いたい。

被災された鋳造関係者皆様の一日も早い復旧、復興を願って止まない。

がんばろう 関東支部!  がんばろう 日本の鋳造!

平成23年5月11日