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リレーエッセイ

立ち位置を知る…「井の中の蛙」からの脱却

(株)アイメタルテクノロジー 佐藤 和則
熊井 真次 氏

 3月11日午後2時46分に発生した東北関東大震災は、マグニチュード9.0というこれまで日本人が経験したことのない大きなエネルギーを持った地震で、私たちに大きな爪あとを残しました。これまでの災害の中で戦後最大といわれる今回の地震による日本全体への影響は大きく、海外へも影響を及ぼしました。被災した地域では程度の差はあれ従来のような生活に戻るのはまだまだ先のことと思われます。また、同時に発生した福島第一原子力発電所の放射能漏れの問題は、日本国内における計画停電や放射能による長期間の影響も指摘されてより複雑化を増しています。しかし必ずや復興を遂げ従前の生活に戻るものと確信しております。

 当日、私は外部団体の行事で東京へ外出していました。その行事を主催する立場で会の運営を行っていたところでした。午後2時46分大きな揺れを感じて参加者全員が屋外に非難しました。幸い周辺での停電がなかったことから、行事を予定通り行うことができましたが、帰りの交通網が麻痺し帰宅のトラブルに多くの方が巻き込まれました。私も帰宅難民となったひとりでしたが、行事主催者として参加者の皆様に申し訳なく感じております。

 さて、振り返って震災前の世界を思い出してみると、昨年の後半から今年の初めにかけて、アジア新興国などの景気浮揚により国内経済も活気を帯びてきたところでした。しかしこの経済情勢の評価については、「日本経済の景気は良くなっているのか?」の問いに納得できる回答をしてくれる人は見当たませんでした。ましてや、経済産業省の景気動向指標に基づく政府の発表はいつも難解な表現で、曖昧模糊としたものです。景気が上向いている業界とそうでない業界、同じ業界の中でも見方が分かれる場合があり、それほど経済は複雑なものであるようです。過去には、欧米の景気に左右された日本経済ですが、グローバル化がさらに進み、近頃はアジアの新興国の景気や、中近東の政情不安による石油供給不安などにも左右される状況にあります。鋳物産業はこのような荒波の中で木の葉のように揉まれ、行き先を必死に模索しているのが現状のようです。

 ものづくりの主役はアジアの新興国へと移り、国内の製造業は縮小する一方です。鋳物業界も同様にその傾向が続いています。過去10年、国内のGDPは横ばいに推移している中、米国は2倍に中国は数倍に膨れ上がり日本を追い越してしまいました。この先中国は米国を抜き世界トップになるのでしょうか。GDPが全てではありませんが、やはり気になります。

 産業の基盤である素形材としての鋳物がなくなることは考えられませんが、このまま低迷し続けるわけにはいきません。景気が低迷し続けコスト競争だけではアジアの新興国に負けてしまいます。国内で業績が好調な企業は、世の中にない独自商品や最新技術,高品質品を持っているといわれています。今回の大震災で改めて気付きましたが、日本でしかできない産業の重要な部品を日本国内で製造しているということでした。鋳物づくりにおいてもその志向は同様で、独自商品や最新技術,高品質品を開発維持し続けなければならないのです。

 鋳物づくりに携わり数十年、「井の中の蛙」と言われ続けてきました。鋳造は、溶接,鍛造,塑性加工,表面処理,粉末冶金,などの世の中にある多様な金属加工技術のひとつに過ぎませんが、その特徴は言うまでもなく金属を自由な形状の中空製品に加工(成型)できるところにあります。この自由なものづくりに対し技術者が鋳物に関する知識を得ようとする場合、金属材料に関する技術書はそこそこ見当たるのですが、鋳型や砂に関する技術書はそう簡単に入手できないのが現状です。世の中に鋳型や砂に関する著書として存在する数が少ないようです。鋳型に関連する技術や材料(砂など)の知識を得ようとすると、(社)日本鋳物協会(現 (社) 日本鋳造工学会)発行の「鋳物」の古い文献に頼らざるを得ません。また、鋳型に使用されるけい砂,粘結剤としてのベントナイトや樹脂材料などが、どのように製造・供給されているかなど若い鋳物技術者の多くは知りえない情報も多くあります。

 鋳物の研究開発に携わる者として、独自商品や新技術,高品質品を開発していくためには新しい知恵が必要で、多くの情報と現在おかれている自分達の立ち位置を知ることは重要です。そのためには、外からの情報が重要になります。最近ではITによる情報が簡単に入手できますが、それだけでは本当に自分が知りたい情報にたどり着くのはかなり困難であり、相当の努力を要するものです。特に、鋳物づくりに関する情報はかなりマニアックな世界ですから、その情報をより深く知りたい場合、外部との繋がりが重要度を増してきます。鋳物づくりに使用される鋳型は鋳物製品とは異なり、商品として外へは出て行きません。従って鋳型に使用される材料は、鋳造メーカーが自由に設定できる範疇にあります。また、鋳物づくり、特に鋳型と鋳物製品との関係はそう単純ではなく、自分達が入手した情報と同じ鋳型で鋳物を生産しても、同じ鋳物(つまり、結果)が得られるとは限りません。むしろ違った結果になる場合が多くあります。

 自分達が利用している工法や技術、使用している材料はどのようなレベルにあり、そのメリットとデメリットは何か、また、それらの使用方法はベストか、ベターか、はたまたバットなのだろか? これらを知ることは自分達の立ち位置を知る上で重要なことなのですが、それを知るためには他でどのような使われ方をしているのか、つまり他の世界を知る必要があります。自分そして他の世界の両方を知ることこそ、自分達の立ち位置を知ることにほかならないのです。特に、このような工法,技術,材料に関するものが文書として入手困難な場合には、これらの情報源は人です。

 国内の人口は一億数千万人ですが、人間数十年の人生の中で人と出会い言葉を交わす人数は、数千人といわれています。数万の単位で人と出会い言葉を交わすのは、幾人もいないといわれています。その出会いと言葉を交わす人達が、自分の知識を増やし心を豊かにするものだと思います。また、人と人とが交流していく中で情報交換すること、それが自分の立ち位置を知ることの助けになっているものだと思います。最近、読書をする時間が少なくなっていましたが、読書はこのような情報を得る手段の重要なアイテムとして存在しています。普段自由な時間を過す場合には読書する時間を増やそうと心がけるよう改めて考え直しているところです。