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リレーエッセイ

「鋳造?古いですね」への回答書

早稲田大学 鈴木 進補 氏

 先日、学内の重要な会議で、材料教育のあり方についてプレゼンをする機会をいただき、鋳造をはじめとする金属加工の学術教育の重要性を主張した。ここで、「鋳造は古い」というような反論はなく、多くの教員が私の意見を理解して下さったのは、さすが本学の伝統によるものだと改めて思った。

 しかしながら、一歩学外へでると、「鋳造?古いですね」「未だに鋳鉄を使っている人がいるのですか?」というコメントに遭遇する。読者の皆様も頻繁に経験し、辟易しているのではないだろうか。

「古い」とは、英語で言うと「old fashioned」か?「traditional」か?と問いたい。

 今時、フロッピーディスクの研究、カセットテープの研究をしていたら「古臭い」と言える。これらのメディアは、他の高性能メディアに取って代わって過去のものとなった。しかし鋳造では、話が違う。金属製品のほとんどは、未だに鋳造工程(連続鋳造も含む)を経て作られている。代替する手段がない。ちょっと技術をかじった素人であれば、金属用3Dプリンターがあるじゃないというかもしれないが、大多数の工業製品では、まだまだ鋳造が必要である。しかも、金属用3Dプリンターをきちんと使いこなしているのは、金属の溶解凝固現象を熟知した鋳造メーカーである。さらに、鋳造は、新材料の出現、製品への高度な品質・性能要求に応じて、最新の技術を取り入ながら日々進化している現役の育ち盛りの技術である。

 一方で、traditionalと訳し、伝統を悪とするのは、文化大革命時代の紅衛兵さながらである。またこんな例はどうだろうか。音大で、「ベートーベンやバッハは古臭いから教育内容から外そう。その代わり、アイドルグループの楽曲を中心に教育しよう。」という議論があれば、皆さんは賛成するだろうか。和声学ではなく、握手会のプロデュースを学ぶ。改革推進派は、「アイドルグループの方が、CDがよく売れるし、興行収益も高いし、若い人からの人気もある。」を根拠にするだろう。ここで、CD売り上げ枚数を論文被引用数・インパクトファクター、収益を獲得外部資金、人気を受験者数と読み替え、アイドルグループには何が当てはまるかと考えてみると、非常に現実的な話になってしまう。取り扱うアイドルグループも、最新ではなく、30年ほど前に流行り下火になってしまったものとなれば、滑稽である。何を言わんとするかは、読者の皆様の良識にお任せする。

 「鋳造なんか大学で扱うものですか?学問なのですか?」もよく耳にする。鋳造は、技能と工学の両輪で発展するものと確信している。しかしながら、一般の方には、職人さんの経験・勘・コツが印象深く、基礎学問がイメージしにくいようである。世の中では鋳造について、工学と技能がごっちゃになって議論されているようだ。私は、熱力学、相平衡、結晶組織学、融体物性、反応速度論、輸送現象論のような材料工学の基礎、流体力学、伝熱工学、材料力学など機械工学の基礎は鋳造を通じて学んだ。「鋳造工学」も「宇宙工学」同様に多くの基礎学問の上に成り立つ総合工学である。鋳造は、長い歴史の中で学問体系を確立してきた。一方、枯れた学問ではなく、前に述べた技術面と同様、新たな学問領域の確立に応じて発展している。大学の教材としては、最良のものと確信している。幸いなことに、本学の機械系学生の多くは、鋳造に興味を持ち、これらのことを理解して卒業しているのが救いである。鋳造という古い響きがいけないのかという意見もあるが、向学心あふれる優秀な学生の心をつかむには、きらきらネームは逆効果で、基礎学問の魅力を伝えるのが効果的だと日々感じている。

 「鋳造は古い」という発想自体時代遅れで、「鋳造は学問ではない」という愚問がなくなるよう、世の中の「識字率」を向上に務めなくてはならない。