誰でも分かる技術
鋳鉄の材質及び基礎知識
1. 鋳鉄の組織と材質 - 「1-2 黒鉛形態の制御因子とその技術」
今回は、黒鉛の球状化処理と接種に関して記述する。
球状黒鉛鋳鉄の製造には、溶湯にMg、Ce、Ca などの球状化元素の添加(球状化処理)が必要なことは良く知られている。では、何故これらの元素が必要なのか考えてみよう。それは、球状黒鉛の生成には溶湯中の硫黄と酸素を極めて少なくすることが不可欠だからである※。そこで、この様な鋳鉄溶湯を工業的に大量に得る経済的な方法としてこれらの球状化元素の添加が行われてきた。すなわち、溶湯中の硫黄と酸素の低減が主目的である。
これらの元素は極めて活性であり、溶湯中の硫黄や酸素と反応するだけでなく、取り鍋や鋳型の耐火物、空気と反応し時間とともに減耗する。そして、これら元素の含有量がある値(例:Mgなら 0.03%)以下になると球状化不良が発生する。これがいわゆる球状化のフェーディング現象である。従って、フェーディングによる球状化不良が起こる前に注湯を終了させることが必要である。
また、球状化処理された溶湯は温度低下に伴い球状黒鉛(固体)が溶湯中に現れ(晶出)凝固し始める。さらに温度が下がりある温度(共晶凝固温度範囲)に達すると共晶凝固が始まり、瞬時に球状黒鉛とそれを取り囲むオーステナイト(この温度での鉄(固体)の名称)からなる球形の固体(球状黒鉛鋳鉄に於ける共晶セル)があちこちに現れ、それぞれが成長して溶湯が無くなり凝固が完了する。この時迄に、最初溶湯中に溶け込んでいた炭素(元湯C%)の約半分(例えば、元湯3.8C%なら2%)が黒鉛になるが、その量は化学成分、凝固速度そして黒鉛粒数に依存する。残りの炭素(3.8-2.0=1.8C%)はオーステナイト(高温での鉄の固体)中に取り込まれる(固溶する)。特に共晶凝固時に出る黒鉛量が多いほど、チルが抑制され,引けが少ない健全な鋳物が得られる。鋳造条件が同じならば、黒鉛粒数を増加させる(共晶セル数を増やす)ことが重要で、ここに接種の役割がある※※。
片状黒鉛鋳鉄では、接種により黒鉛形態はD、E型からA型に変化し、共晶セル数が増え、チル化傾向が抑えられ、機械的性質も向上することが知られている。何故であろうか。接種とは溶湯中に黒鉛核物質をたくさん生成させる処理である。この物質は、接種剤が溶湯中に溶解する過程で生成されるが、不安定で時間の経過と共に分解・浮上分離・凝集しその数は急激に減少していく。これを接種効果のフェーディングと言っている。
接種により黒鉛核物質が増えると、それを種として片状黒鉛が溶湯中のあちこちに現れ、オーステナイトの衣を付けた球形(共晶セル)に成長し、それぞれが回りの残湯を食いつぶした時点で凝固が完了する。従って、接種による黒鉛核物質の増加は共晶セル(凝固の単位)数を増大させ、共晶セルの径を小さくする。鋳鉄鋳物の場合には、全体が一度に凝固するのではなく、個々の共晶セルが凝固し、それで全体が固まる。すると、ミクロ的な凝固速度とは共晶セルの凝固速度になる。鋳物全体の凝固時間は接種しても殆ど変わらないので、接種による共晶セルの微細化は、共晶セルの凝固速度を遅くすることとなる。片状黒鉛鋳鉄の凝固速度と黒鉛形態の関係を図2に示す。図より、セメンタイト(チル)、D型、A型黒鉛と変化するに伴い凝固の
最小単位である共晶セルの凝固速度が遅くなり(図では左側へ行く)、凝固温度は平衡温度(1153℃)に近づいて行く。
ここで薄肉鋳物や急冷部に生成しやすく過冷黒鉛と呼ばれるD型黒鉛は、大きい凝固速度による現象であり、接種により共晶セルの凝固速度が低下すると、黒鉛形態はD型黒鉛→A型黒鉛へと変化し、過冷度が小さくなり、共晶凝固温度が上昇する。これが接種による共晶凝固温度の上昇である。
球状黒鉛鋳鉄の場合も同様で、黒鉛粒数が増すと、その分だけ凝固速度は低下する。その結果として、チルの発生が抑えられ共晶凝固での黒鉛化が助長されるので、引けが減少しチャンキー黒鉛の発生も防止できる。
このように接種は鋳鉄本来の凝固(チルを伴う「鉄-セメンタイト凝固:準安定系凝固」)を望ましい黒鉛形態と基地組織が得られる凝固に変えことが分かる。しかし、不適切な接種ではピンホールやドロスの発生などをもたらす場合があるのでその使用方法には十分な注意が必要である。また、接種効果は溶湯中の硫黄含有量により異なることや、球状黒鉛鋳鉄では接種効果のフェーデイング速度が大きいので、同時接種や取鍋接種鋳より型内接種や湯流れ接種が好ましい。
参考文献
※ 中江秀雄、五十嵐芳夫:鋳造工学 74(2002)197
※※中江秀雄、辛 ホチョル:鋳造工学 77(2005)107、中江秀雄:鋳造工学 76(2004)107