誰でも分かる技術

誰でも分かる鋳物基礎講座

鋳鉄の熱処理(第4回)

ものつくり大学 製造学科  鈴木 克美
4 鋳鉄の加熱・冷却過程の組織変化(その2)

 鉄鋼材料でよく利用される連続変態曲線(CCT)曲線が鋳鉄の場合にはあまり利用されず、また事例も少ない。各種便覧などの資料においても、膨大な鉄鋼材料のCCT曲線は掲載されているが、鋳鉄のCCT曲線は少ない。それは組織変態がほぼ化学成分だけに従う鋼に対し、鋳鉄の場合には黒鉛形状や黒鉛粒数に大きく依存し、変化してしまうためであり、化学成分と黒鉛形態を規定した場合でないと曲線が大きく変化してしまうため、参考資料としての位置付けで取り扱っているためと思われる。たとえば片状黒鉛鋳鉄では黒鉛組織がA型黒鉛のように粗い場合には、よほど遅い冷却条件でないと通常、基地組織はパーライト化するが、黒鉛組織がD型黒鉛のように細かい場合には、薄肉で冷却が早い条件でも基地組織はフェライト化する。球状黒鉛鋳鉄では黒鉛粒数が多く、細かい場合には、通常、ブルスアイ組織になるが、黒鉛粒数が少なく、粗大な場合にはパーライト率が大幅に増加する。これを冷却速度の調節で簡単に組織制御することは難しい。すなわち、D型黒鉛やCV黒鉛、微細球状黒鉛などの組織は成分を変化させても簡単にパーライト組織にすることはできない。
 さらに凝固時に黒鉛が晶出せずに、チル組織(セメンタイトを伴うレデブライト組織)の場合の黒鉛化焼鈍では、一度、チル組織が黒鉛化(Fe3Cの分解)した後で、再度、基地組織が冷却速度に従って変化することになる。これらの現象は黒鉛化に起因する炭素の移動とSiによる黒鉛化促進作用とフェライト化促進作用の効果に基づくものであり、鋼の場合の基地組織の相変態とは大きく異なる。
 また鋼材の場合には加熱しても、A1 変態温度までは基地組織に変化はないが、鋳鉄の場合にはA1変態温度以下の加熱条件でもパーライト組織がフェライト化する場合がある。パーライト組織はオーステナイト変態温度以下でもSiによる黒鉛化作用により、パーライト中のセメンタイトが分解を始めて黒鉛化する現象が起こる。そのため、応力除去焼鈍などでは高温度に上げ過ぎてはならない。特に球状黒鉛鋳鉄の場合にはSi量が比較的多く、パーライト基地組織のフェライト化が起き易い。
 さらに鋳鉄が鋼と異なる特異現象として「成長」現象がある。鋳鉄は高温度で保持したり、繰り返し加熱冷却により、体積が著しく膨張する「成長現象」を起こし、割れや低強度を引き起こす。 これは加熱冷却を繰り返す場合に黒鉛と基地組織との間で炭素の拡散による空隙化が起こり、さらに酸素による酸化反応により、膨張が繰り返される結果、多孔質な材料に変化する現象であり、無酸素化条件でも弱いが進行する。図4-8にねずみ鋳鉄の繰返し加熱冷却による「成長現象」の例、図4-9に各種鋳鉄の成長現象例、そして図4-10にSi含有量の違いによる片状黒鉛鋳鉄の成長現象の測定例をそれぞれ示す2)。ねずみ鋳鉄(FC)は黒鉛が長く連続しており、酸化現象が進むが、球状黒鉛は黒鉛が独立して分散するため、成長現象が少ない。CrやSi、Alなどを合金化した特殊鋳鉄は成長量を抑制することができる。すなわち、鋼は加熱冷却過程の体積変化が可逆的であるが、鋳鉄は「成長現象」により不可逆である点が大きな違いである。

 


図4-8 ねずみ鋳鉄の成長現象例1)

図4-9 各種鋳鉄の成長現象例1)

図4-10 片状黒鉛鋳鉄の成長現象に及ぼすC, Siの影響1)

引用文献
1)F.Weber, P.Rose「Atlas zur Waermebehandlung der Staehle」(1958)出版:Verlag Stahleisen
2)日本鋳物協会編;「鋳物便覧 改訂3版」 丸善(1973),P874