誰でも分かる技術

誰でも分かる鋳物基礎講座

アルミニウム合金の時効熱処理と析出硬化(第9回)

東京工業大 精密工学研究所 先端材料部門
教授 里 達雄
3 時効硬化型アルミニウム合金の析出過程と時効硬化

3.3 Al-Mg-Si系合金

3.3.1 Al-Mg-Si合金
Al-Mg-Si合金は成形性や耐食性にすぐれ,中程度の時効硬化を示す合金であり,広く使用されている.Al-Mg-Si合金の時効析出過程は,一般に
  α → GP Zone → β” → β’ → β
(β’,β:Mg2Si)
(27)
と考えられている.しかしながら,時効初期のGP ゾーン形成時に微細な溶質原子クラスタ(ナノクラスタ)が形成され,複雑な時効過程をとる.特に,この合金を室温に保持してから時効(二段時効)すると時効硬化が低下する,いわゆる,負の効果がおこることが知られている.図29にAl-Mg-Si合金を焼入れ後,170℃で時効した試料の電顕組織を示す.母相の<100>方向に棒状のβ”相が析出することがわかる.これらは析出硬化に大きく寄与する.
図29 Al-Mg-Si合金の析出相(β”相)の電顕写真.
(Al-0.41%Mg-0.90%Si合金:180℃,6h)


3.3.2 Al-Si-Mg系合金(AC4C系合金)

図30にAC4CH合金鋳物の各時効温度における0.2%耐力および引張強さの変化を示す10).時効の進展とともに0.2%耐力は増加し,ピークを経て減少する様子が分かる.時効温度が高くなるにつれ,ピーク値はやや低くなり,ピーク到達時間は短くなることが分かる.ここで,時効析出の活性化エネルギーは,135 kJ/molとなると見積もられている.なお,ここで溶体化処理温度として標準的温度793 K(520℃)より高温の843 K(570℃)を選び,溶体化処理時間として0 ksと設定し,溶体化処理条件について検討を行い,設定した条件で,約10~20 %高い耐力値が得られるとしている.図30(b)に同様の条件で時効処理したときの引張強さの変化を示す.引張強さには,加工硬化の影響も含まれる.図31(a)に同様の条件で時効処理したときの破断伸びの変化を示す10).一般的な傾向であるが,時効の進行とともに伸びは低下し,さらには鋳造後の値以下にまで低下することが認められる.
図31(b)に時効に伴うシャルピー衝撃試験による吸収エネルギーの変化を示す.吸収エネルギーは伸びの変化と対応し,時効の進行とともに低下する.過時効では吸収エネルギーは回復の傾向が見られる.時効に伴う吸収エネルギーの低下は,主にき裂伝播のエネルギーが時効の進展とともに急激に低下するためと考察されている.
図30  鋳造用アルミニウム合金(AC4CH:Al-Si-Mg系合金)の時効硬化曲線10)
(時効温度が高くなると,ピーク強度到達時間は短くなり,ピーク強度は低くなる)
図31 鋳造用アルミニウム合金(AC4CH:Al-Si-Mg系合金)の時効に伴う伸び,吸収エネルギーの変化10).
(時効析出強化が進むと伸びは小さくなり,また,吸収エネルギーも低くなり,靭性が低下する)
図32にAC4CH合金の引張性質に及ぼす冷却速度の影響を示す11).冷却速度は金型の材質や試料の厚さを変化させ,また,金型の予熱温度を変えて調整している.溶体化処理は570℃で行い,時効処理は145℃で行っている.耐力の冷却速度依存性では,時効初期および過時効段階で冷却速度依存性が大きく,ピーク時効段階では冷却速度依存性がほとんど見られない.引張強さの冷却速度依存性では,冷却速度の低い範囲で依存性が大きいこと,また,冷却速度の高い条件で逆に低下する傾向が認められる.時効に伴う析出組織変化が引張性質に複雑に関与することが推察される.
図32  鋳造用アルミニウム合金(AC4CH:Al-Si-Mg系合金)の冷却速度と時効硬化の関係11).
(冷却速度が速いほど,時効硬化は増大する.ただし,引張強さは飽和する傾向にある)

AC4CH合金鋳物の時効硬化に及ぼす高温溶体化処理の影響を調べた例を図33に示す12).この図33は溶体化処理温度を773 K(500℃)および843 K(570℃)とし,時効温度を428 K(155℃)および463 K(190℃)として0.2 %耐力を時効時間に対して示している.いずれの時効温度でも,溶体化温度が高いと時効硬化が大きくなることが分かる.ここで,溶体化温度として,三元共晶温度より高く,また,二元共晶温度より低い範囲で高温で行うと溶質元素の固溶の促進効果および固溶量の増大が図られると報告されている.なお,溶体化処理温度へは約0.5 hで昇温している.

図33  鋳造用アルミニウム合金(AC4CH:Al-Si-Mg系合金)の時効に伴う0.2%耐力の変化
(溶体化温度,時効温度を変化)12).(溶体化処理温度が高い方が時効析出強化は大きくなる)

また,AC4C合金について,溶体化処理条件と各種力学的性質との関係を図34に示す13).溶体化処理条件としては,溶体化温度と溶体化時間を変化させている.また,AC4C合金について時効条件と力学的性質の例を図35に示す14).時効条件として,時効温度を変化させている.
以上のように,展伸材としてのAl-Mg-Si系合金および鋳造材としてのAl-Si-Mg系合金について熱処理条件に対する時効硬化現象や力学的性質について述べた.また,この合金系については後述のように複雑な二段時効現象がある.

図34  鋳造用アルミニウム合金(AC4C:Al-Si-Mg系合金)の溶体化処理条件と機械的性質(T4材)(溶体化温度:520℃,530℃,540℃)13).
(溶体化処理温度が高い方が強度,伸び,衝撃値は大きくなる傾向にある)
図35  鋳造用アルミニウム合金(AC4C:Al-Si-Mg系合金)の時効条件と機械的性質
(溶体化処理温度:540℃,時効温度:120℃,140℃,160℃,180℃)14).
(この時効温度範囲では時効温度が高いほど強度は早く大きくなる.一方,伸びは小さくなる)


3.4 Al-Zn-Mg合金
Al-Zn-Mg合金やAl-Zn-Mg-Cu合金はもっとも時効硬化が高くなる合金である.時効硬化過程は,

  α → GP Zone → η’ → η
T’ → T
(η’,η:MgZn2,T’, T:Mg3Zn3Al2)
(28)
と表される.
最大の強化相は中間相のη’-MgZn2であり,析出分布は前駆構造のGPゾーンの影響を大きく受ける.GPゾーンはη’相の有効な異質核として作用するため,直接時効(予備時効なしの人工時効)に比べ,低温で予備時効してから最終時効する二段時効は常に正の効果をもたらす.図36にAl-5%Zn-2%Mg合金のη’相の電顕写真を示す.おおむね球状のη’相が観察される.
図36  Al-5%Zn-2%Mg合金のη’相の電顕写真.

参考文献
10) 古閑,鷹合,中山,大西,飯塚,松村,三石:軽金属,43(1993), p612.
11) 大西,鷹合,中山,二ノ宮:軽金属,46(1996), p365.
12) 大西,鷹合,中山,大森:軽金属,45(1995), p447.
13) 軽合金鋳物・ダイカストの生産技術,素形材センター,(2000), p20.
14) 軽合金鋳物・ダイカストの生産技術,素形材センター,(2000), p21.