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誰でも分かる鋳物基礎講座

アルミニウム合金の時効熱処理と析出硬化(第12回)

東京工業大 精密工学研究所 先端材料部門
教授 里 達雄
4 析出組織制御と熱処理

4.1 マイクロアロイング元素

析出硬化型アルミニウム合金に種々の元素を微量添加する(マイクロアロイング)と析出組織や硬化挙動が様々に変化する.マイクロアロイング元素の影響には以下のようなものがある.

  1. 原子空孔と優先的に相互作用し,原子空孔をトラップすることにより,析出の核生成を遅らせる.
  2. 析出相の溶解度線温度を変化させる.これにより,析出相の過飽和度,体積率,熱安定性を変化させる.
  3. 析出相と母相との界面エネルギーを変化させ,析出相の核生成に影響する.
  4. 既存の析出物とは異なる新たな析出相を形成させる.
  5. 異質核生成サイトを提供することにより,析出速度を変化させる.

4.2 制御時効熱処理

析出組織は析出初期の核生成現象に著しく影響を受けるため,焼入れ条件,時効条件,合金成分などに十分に配慮することが求められる.

4.2.1 二段時効現象

通常は,溶体化・焼入れ後に種々の温度で時効する.室温で時効する場合を自然時効,高温で時効する場合を人工時効とよんでいる.これらはいずれも一段階の時効となっている.一方,時効温度を異なる温度に設定して時効する場合がある.すなわち,ある温度で一段目の時効を行い,続いて,別の温度(通常は一段目より高い温度)で二段目の時効を行う.このような時効処理を二段時効とよんでいる.図43に二段時効の熱処理過程を模式的に示す.ここで,一段目の時効を予備時効,二段目の時効を最終時効とよぶこともある.

43  二段時効の熱処理過程

 さて,一段目の時効を室温で行い,二段目を高温で人工時効する場合によく知られた現象がある.すなわち,展伸材のAl-Mg-Si系合金とAl-Zn-Mg系合金の場合である.例を図44に示す.図44(a)はAl-Mg-Si合金について,溶体化・焼入れ後に180℃で時効(一段時効)した場合と溶体化・焼入れ後に室温(RT)で1日自然時効後に180℃で時効(二段時効)した場合の硬さ変化を示す.室温で1日時効すると硬さが増大するが,その後180℃の時効でピーク硬さは低い値となる.すなわち,二段時効によりピーク硬さは一段時効よりも低くなる.これは二段時効の負の効果とよばれる.一方,図44(b)のAl-Zn-Mg合金の場合,150℃で一段時効する場合に比べ,室温時効後に150℃で時効する二段時効を行うとピーク硬さはより大きくなる.すなわち,二段時効の正の効果が現れる.このように,二段時効により,時効硬化は複雑に変化する.二段時効による硬さの変化は析出組織でも確認できる.

44  二段時効現象.Al-Mg-Si合金とAl-Zn-Mg合金とでは逆の挙動を示す.

図45にAl-Mg-Si合金の一段時効および二段時効の析出組織を示す.図45(a)は焼入れ後に180℃でピーク硬さまで時効した析出組織であり,図45(b)は焼入れ後に室温で1日時効後に180℃でピーク硬さまで二段時効した時の析出組織を示す.いずれも,β”相が析出しているが,一段時効では高密微細に析出しているのに対し,二段時効では低密粗大に析出している.このような析出組織の違いがピーク硬さの差異として現れる.一方,図46にAl-Zn-Mg合金の二段時効(50℃, 30s → 150℃, 605 ks)と直接時効(溶体化→150℃, 605 ks)したときの析出組織を示す.二段時効により析出組織がより高密微細となっていることが分かる.このように,Al-Mg-Si合金とAl-Zn-Mg合金とでは二段時効による析出組織が逆となる.
 これらの機構については現在も研究が行われている.さらに,Al-Mg-Si系合金の場合,Mg,Siの組成により,負の効果のみでなく,正の効果も現れるため,現象は複雑である.また,100℃程度で一段目の時効を行うと負の効果が抑制されたり,むしろ正の効果が現れる.鋳造用アルミニウム合金の場合,AC4C,AC4CH合金などのAl-Si-Mg系合金では展伸材のAl-Mg-Si系合金と類似の現象がおこると考えられる(図47).従って,室温保持の影響が鋳造用Al-Si-Mg系合金の時効硬化に複雑に影響する.Al-Mg-Si合金について,著者らは析出強化相であるβ”相の形成に対して,室温時効では有害なクラスタ,Cluster (1)が形成され,100℃付近では有効なクラスタ,Cluster (2)が形成されることを明らかにし,複雑な二段時効現象を説明するモデルを構築している.図48にそれらの関係を図示する.

45   二段時効による析出組織の変化(Al-Mg-Si合金)(β”相の析出組織).
(a) 一段時効(焼入れ後に時効),(b) 二段時効(焼入れ後に室温に保持後,時効),
析出組織が粗くなる(負の効果).
46  二段時効による析出組織の変化(Al-Zn-Mg合金).
(a)二段時効(焼入れ後に,323Kで予備時効後に423Kで時効),
(b) 直接時効(423Kに投入後に423Kで時効).
二段時効で析出組織が微細・高密となる(正の効果).
47  鋳造用アルミニウム合金(AC4C:Al-Si-Mg合金)のT4,T6材における予備時効
(室温時効)の影響.室温保持時間とともに硬さ,強さが減少する:負の効果
48  Al-Mg-Si系合金(6000系合金)の二段時効現象の機構.
(70℃(343 K)を境にして,2つの発熱反応が観測される).